- ■特集:超弩級戦艦の系譜 戦艦ドレッドノートの誕生と大艦巨砲主義の栄枯盛衰
1906年12月、12インチ(30.5mm)連装砲5基10門を搭載したイギリス戦艦「ドレッドノート」の登場は世界を驚愕させた。この「ドレッドノート」の出現に列強各国の戦艦は一気に旧式化してしまう。列強各国はこれに負けじと「ドレッドノート」と同レベルの、いわゆる“弩級戦艦”を建造するが、1912年1月、イギリスはさらに13.5インチ(34.3mm)連装砲5基すべてを艦の中心線上に配置した「オライオン級」戦艦を竣工させた。“超弩級戦艦”の登場である。列強各国はすぐさまこれに対応して、対抗しうる超弩級戦艦の建造をはじめ『大艦巨砲主義』は一気に加速、主砲の大口径化が進んでいく…。第1次世界大戦勃発~ジュットランド沖海戦~大戦終結、戦後の軍拡競争、ワシントン海軍軍縮条約締結~ネーバルホリデー(海軍休日)と時代は流れ、ワシントン条約失効、第2次世界大戦へ向かう中、列強各国の超弩級戦艦もそれに合わせ様々に変化し新しい戦艦が建造されていった。その究極と言えるのが18インチ(46mm)3連装砲を3基搭載した日本海軍の戦艦「大和」である~次号『艦スペ44』では“超弩級戦艦の系譜”と題し、戦艦「ドレッドノート」の登場とその後の大艦巨砲主義の栄枯盛衰を数多くの作例と共に解説します。
艦船模型スペシャルNo.44|モデルアート社












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